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素人動画の距離論 ~ なぜ4KのプロAVより、スマホで撮ったSEXの方がエロく感じるのか

素人動画の距離論  ~  なぜ4KのプロAVより、スマホで撮ったSEXの方がエロく感じるのか

僕はこれまで多くの女の子のSNSやmyfansの運用に関わってきました。企画を考え、撮影した素材を確認し、投稿した後の数字を見る。そんなことを何年も繰り返していると、売れる作品にはそれなりの共通点が見えてきます。ただ、どうしても理屈通りにいかないこともあります。

その一つが、映像の完成度とエロさがまったく比例しないことです。

4Kで撮影されていて、照明も綺麗で、誰が見ても美人な女優が出演している。カメラも何台か入り、行為が一番よく見える角度へ次々と切り替わる。映像作品として比べれば、暗い部屋でスマホを置いただけの動画より、どう考えてもこちらの方が上です。

ところが実際には、普通のマンションで撮られた少し粗いハメ撮りの方が、妙にエロく見えることがあります。女の子が画角から外れたり、途中でカメラが傾いたり、隣の部屋から生活音が聞こえたりする。それでも、いや、場合によってはそれがあるからこそ、そちらの方が強く感じられる。

最初は僕も、単純に「男は素人が好きだから」で済ませていました。しかし、素人が出ていれば何でも売れるわけではありません。本当に一般の女の子が出演していても、演技が大きく、撮影されていることを意識しすぎていると、途端に作り物っぽくなる。逆に出演者も撮影者もプロであっても、二人の間に本当の関係があるように見える作品は強い。

そう考えると、視聴者が求めているのは「素人」という肩書きではありません。もっと別のものです(と思いました)。

では、なぜその「素人っぽさ」が売れるのか。いろいろ調べていくと、どうやら人は一番綺麗なSEXを見たいだけではなく、自分の生活に一番近いSEXを見たいことがあるようです。

■画質が上がっても、エロさは増えない

プロのAVは、見せるための技術がとても発達しています。女優の顔も身体も見える。男性側の動きも見える。見せ場になればカメラが寄り、別の角度が必要になればすぐに切り替わる。視聴者が「今どこを見ればいいんだ」と困ることはほとんどありません。

ただ、この親切さには一つ問題があります。

どれだけ見やすくしてもらっても、視聴者はずっと観客席にいるのです。

映画館で最前列に座れば、俳優の顔は大きく見えます。しかし、スクリーンの中へ入れるわけではありません。それと少し似ていて、プロのAVは映像の完成度が上がるほど、「自分は完成された作品を鑑賞している」という感覚も強くなります。

一方で、スマホをベッドの横に置いただけの動画には、立派な観客席がありません。カメラは見やすさを優先した場所ではなく、その場にいた人間がとりあえず置けた場所にある。途中で身体が隠れたり、顔が見えなくなったりするのも、撮影よりSEXの方が優先されているように見えます。

何もかも見えるプロ作品と、肝心なところが少し見えない素人動画。映像として正しいのは前者ですが、後者には「このカメラは制作スタッフのものではなく、この二人のものなのかもしれない」と思わせる力があります。

4Kは肌との物理的な距離を縮めてくれます。しかし、そこで起きていることと自分との心理的な距離まで縮めてくれるとは限りません。

■人は「本当に感じているか」を、思っている以上に見ている

2024年、社会学の学術誌に、普段からポルノを見る302人へ詳しいインタビューを行った研究が掲載されました。参加者の国籍や性別、性的指向はさまざまですが、多くの人が重視していたのは、出演者の快感が本物に見えるかどうかでした。

大きすぎる喘ぎ声や、台本を読んでいるような会話は、演技を疑う材料になる。反対に、二人が互いに動いていること、視線が合っていること、一方だけでなく双方から触れていること、思わず出たような表情や身体の動きは、本当に楽しんでいると判断する材料になっていました。また、出演者が本当に楽しんでいるように見えることを理由に、プロ作品より「amateur」と表示された動画や舞台裏の映像を選ぶ人もいました。もっとも、約3割は本物らしさをそれほど重要視しておらず、全員に共通する好みではありません。

ここで大切なのは、視聴者が本当にそれを見抜いているとは限らないことです。

契約書を確認しているわけでも、撮影現場を見ていたわけでもありません。動画の中にある小さな手掛かりを拾い、「これは演技が強い」「これは本当に楽しんでいそう」と判断しているだけです。

考えてみれば当たり前の話ですが、視聴者が接しているのは事実そのものではありません。事実らしく見える表情、声、動き、部屋、会話です。

したがって、素人っぽさの正体は「本物であること」よりも、「本物だと信じられる手掛かりが揃っていること」に近いのだと思います。

大きすぎる喘ぎ声や、台本を読んでいるような会話は、演技を疑う材料になるようです

■カメラが観客席にあるか、ベッドの上にあるか

性的な映像を研究する世界には、「presence」という言葉があります。日本語にすれば、その場に自分がいるように感じることです。

2019年に男女95人を対象として行われた実験では、VRか通常の2D映像かにかかわらず、第三者として見る映像より、一人称視点の映像の方が強く興奮すると評価されました。また、2022年に女性38人を対象として行われた別の実験でも、VR映像は通常の2D映像より「その場にいる感覚」と性的興奮を強め、一人称視点が性的なpresenceを高める場合がありました。どちらも限られた人数の実験であり、これだけで「POVなら必ず売れる」とまでは言えませんが、カメラの位置だけでも、映像の受け取り方が変わることは分かります。

プロAVの多くでは、カメラは二人の外側にいます。視聴者は、誰かと誰かがSEXしている様子を見ています。

これがハメ撮りやPOVになると、カメラが男性側の目に近い位置へ移ります。女性がカメラを見れば、映像の中では男性を見ているはずなのに、画面のこちら側にいる人には、自分を見ているように感じられる。

同じ女性が同じ表情をしていても、カメラが1メートル移動するだけで、「あの男とSEXしている女性」から「自分の目の前にいる女性」へ変わるわけです。

こういう話をすると、ミラーニューロンなどの脳科学用語を付けたくなります。僕も最初は、他人の行為を見て自分の行為のように感じる、いわゆるミラー効果で説明できるのではないかと思いました。ただ、素人動画がプロAVより興奮を強める理由を、ミラーニューロンで直接説明できる根拠は見つかりませんでした。無理に難しい名前を付けなくてもいいのでしょう。

観客として外から見ているのか、参加者の位置から見ているのか。その違いだけでも十分に大きいのです。

第三者として見る映像より、一人称視点の映像の方が強く興奮する

■普通の部屋には、SEXの前後が映っている

素人っぽい作品を見ていて、僕が意外と重要だと思っているのが部屋です。

少し安そうなカーテン、床に置かれた充電器、ベッド脇のティッシュ、飲みかけのペットボトル、脱いだ服、洗面所に並んだ化粧品。こうしたもの自体に性的な価値があるわけではありません。

しかし、それらが映り込むことで、この部屋には撮影のためだけではない生活があるように見えてきます。

撮影用に借りた高級ホテルの部屋は、映像が終わればそこで世界も終わります。一方、誰かが実際に暮らしていそうな部屋を見ると、映像の前後まで勝手に想像してしまう。この二人はどこかで待ち合わせたのか、先にご飯を食べたのか、撮影後はそのまま寝たのか、翌朝も一緒にいたのか。

映像に写っているのはSEXだけなのに、背景にある生活用品から、二人の一日が作られていきます。

よくできたセットでは、必要なものだけが美しく配置されています。しかし、本当の生活には、作品に必要のないものがたくさん置かれています。その「必要のなさ」が、かえって生活の証拠になる。

素人っぽい動画で売られているのは、行為だけではありません。その行為に至るまでの時間と、その後も続いていきそうな時間まで含まれているのだと思います。

リアルな部屋は見ている人の没入感を高める

■全部見せないから、自分の記憶が入り込める

プロの作品は、基本的に情報を増やしていきます。顔も身体も行為も、なるべく分かりやすく見せる。それは映像作品として正しいですし、何が起きているのか分からない作品にお金を払いたくない人も当然います。

ただ、性的な想像に限っていえば、情報が足りないことが有利に働く場合もあります。

素人っぽい動画を見ても、二人がどういう関係なのかは分かりません。付き合っているのか、一度だけ会ったのか、誰の部屋なのか、なぜ撮影を始めたのか。映像の中だけでは答えが出ない。

そこで見る側が、足りない部分を勝手に埋めます。

自分の過去の経験に近づける人もいれば、自分が一度してみたかった経験に置き換える人もいるでしょう。普通のマンション、少し気まずい会話、慣れていないカメラの位置。そうした曖昧な部分へ、見る側の記憶や願望が入り込んでいきます。

これはタイトルの付け方にも関係します。

まったく同じ動画でも、「撮影作品です」と書くのか、「旅行先で彼女と撮りました」と書くのか、「久しぶりに会った二人」と書くのかで、視聴者が想像する前後の物語は変わります。映像の画素は一つも変わっていないのに、映像の意味は変わります。

「流出」という言葉が強いのも、同じ構造でしょう。本物の非同意流出は当然ながら論外であり、ここで扱っているのは、出演者全員が同意した上で私的な撮影に見える設定を作る場合だけです。その前提でも、作品に「私的に撮られたもの」という説明が加わるだけで、演技として見ていたものが、実際の出来事の記録に見えやすくなる。

エロさは、動画ファイルの中だけに入っているわけではありません。再生ボタンを押す前に読んだ一行にも入っています。

■では、童貞には「素人っぽさ」が分からないのか

ここまで考えた時、僕が最初に思ったのは、SEXの経験がある人ほど素人っぽい動画へ入り込みやすいのではないか、ということでした。

経験がある人なら、ベッドでの距離、呼吸の乱れ方、会話が途切れる感じ、部屋に残る生活音などを、自分の記憶と照らし合わせられます。「こういう空気はあったな」と思えるものが多いほど、映像は現実に近づくはずです。

先ほど紹介した302人へのインタビューでも、演技が本物かどうかを判断する際に、自分自身の性的な経験と比較している人がいました。自分はその場面で大声を出さないから、大げさに叫ぶ演技は不自然に見える。自分が見てきたSEXと一致する動きなら、本物らしく感じる。そのように、実体験を物差しとして使う人は実際にいます。

それなら、性経験のない人には素人系が刺さりにくいのか。

ここは、そんなに簡単ではありません。

性的な経験を持つことで、AVと現実の違いに気づきやすくなる可能性はあります。その反対に、映像で見ていた行為を実際に経験することで、「AVで見たものは現実にもある」と認識が強まる可能性も指摘されています。性経験とポルノの現実感に関する研究は結果が一方向に揃っておらず、経験者ほど素人動画を好む、童貞ほど好まない、と言える状態ではありません。

そもそも、自己投影に使う材料はSEXの記憶だけではありません。

女性と二人で部屋にいた経験、恋人と旅行した記憶、誰かの家へ遊びに行った時の空気、付き合ってはいない女性と距離が近くなった瞬間。そうした周辺の経験からでも、人は映像の中の世界を組み立てられます。また、実体験がない人ほど、映像を現実そのものとして受け取りやすい可能性もあります。

したがって、童貞か非童貞かよりも、「画面の中で起きていることを、自分の人生に接続できる材料をどれだけ持っているか」の方が重要なのではないかと思います。

これはまだ仮説です。童貞と性経験者に、プロ作品と素人風作品を見せ、好みや没入感を比較する研究があればかなり面白いのですが、少なくとも僕が確認した範囲では、そこまで直接的な研究は見当たりませんでした。

■「素人っぽい」は、素人が作っているとは限らない

素人っぽいものが売れると分かれば、当然プロも作り始めます。

高価なカメラを持っているのに、あえてスマホで撮る。照明を組めるのに、部屋の明かりだけにする。綺麗なスタジオを借りられるのに、普通のマンションを使う。会話の台本を作り込むのではなく、二人が少し黙る時間まで残す。

つくり込んでいないように見せるために、細かくつくり込む。ややこしいですが、今のコンテンツ市場では珍しいことではありません。

先ほどの2024年の研究でも、視聴者は「amateur」や舞台裏の映像を、本物らしさを探すために選んでいました。その一方で、研究者は、裏側に見える映像自体が「裏側へ入ったように感じさせるために用意されたもの」である可能性を指摘しています。

TikTokの広告を見ても似たことが起きています。昔の広告は、商品を綺麗に並べ、タレントが正面から良さを説明していました。今は、普通の人が自宅でスマホを持ち、「最近これを買ったんですけど」と話し始める広告が大量にあります。もちろん、その後ろには企業も広告会社もいる。それでも、テレビCMの形で話しかけられるより、知人の口コミに近い形で話しかけられる方が距離は近くなります。

アダルトでも同じです。

出演者が本当に素人かどうかより、プロの制作物に見えない文法が使われているかどうかが重要になる。そうなると「素人」は人の属性ではなく、作品の形式になります。

ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、画質を悪くすれば素人っぽくなるわけではないことです。

暗すぎて何も見えない。音が割れて会話が聞こえない。カメラが揺れ続ける。そうしたものは現実感ではなく、単なる見づらさです。

反対に、映像が綺麗でも、二人の関係、自然な会話、撮影前後の生活、相手への視線が残っていれば、本物らしさは作れます。プロっぽさを消すことと、品質を落とすことは同じではありません。

■myfansが売っているのは、動画より「この人との近さ」なのかもしれない

無料で見られるプロAVは、すでに大量にあります。美人な女優も、高画質な動画も、過激な企画も、探せばいくらでも出てくる。それでもmyfansのような個人型のプラットフォームへ毎月お金を払う人がいます。

無料より有料の方が映像として優れているから、という説明だけでは足りません。

個人型のプラットフォームでは、同じ人物が継続して投稿します。昨日も投稿し、今日も何かを書き、来週もまた新しい作品を出す。部屋、声、話し方、身体、相手との関係が少しずつ積み上がっていく。

購入者も、本当の恋人になったとは思っていません。投稿者側も、本当の恋人として生活しているわけではない。それでも、完全に無関係な出演者が一度だけ登場する作品より、同じ人間の生活が続いているように感じられる。

OnlyFansを対象とした研究では、このような関係を、単純な「本物か偽物か」ではなく、クリエイターと購入者が互いに納得できる本物らしさを作る過程として捉えています。両者とも商売であることを知りながら、その範囲の中で満足できる親密さを成立させているという分析です。

myfansで販売されている商品も、動画一本だけではないのでしょう。

この人が自分で投稿していること。この人が現在も活動していること。次の投稿があること。過去の投稿と今の投稿が、同じ人物の時間としてつながっていること。

その継続性が、出演者を「映像の中にいる知らない女性」から、「以前から見ている一人の女性」へ変えていきます。

大手の制作会社に撮影機材や出演者数で勝つことは難しい。しかし、個人には大手が簡単には作れない近さがあります。自分の生活、言葉、時間を同じアカウントへ積み上げられるからです。

だから個人クリエイターがプロAVをそのまま真似しても、本来の強みを捨てることになります。個人が売るべきなのは、大手より小さなプロAVではありません。大手の作品では感じられない距離です。

■素人っぽさを作る時に、見た方がいいもの

僕が素人風の企画を見る時、画質より先に確認するものがあります。

まず、その二人には撮影前と撮影後がありそうに見えるか。作品のために集められた二人ではなく、カメラが止まった後も何か話しそうに見えるか。

次に、女性がカメラに向かって演技しているだけになっていないか。相手を見ているか、相手からの動きに反応しているか、二人の間で何かが起きているか。本物らしさは、女性一人の演技力より、二人の関係に出やすいからです。

カメラの位置も重要です。制作スタッフが外から観察している位置なのか、その場にいる一人の人間の位置なのか。何を映すかだけではなく、誰の目として映すかを考える必要があります。

タイトルや設定は、すべてを説明しすぎない方がいい場合もあります。二人の関係を細かく設定しすぎると、見る側が入り込む場所がなくなる。想像するための入口だけ渡し、残りは映像の中に任せた方が自然になることがあります。

行為の前にデートシーンを挟むのは一つの様式として確立している。ただし、「作られた感」がまだまだ強いものも多い

■人は一番綺麗なSEXではなく、一番近いSEXに入り込む

もちろん、全員が素人風の作品を好むわけではありません。作り込まれた世界、非日常的な美人、現実には起こらない企画を見たい人もいます。先ほどの研究でも、本物らしさをそれほど必要としない人は一定数いました。

それでも、映像の品質だけでは説明できない興奮があることは確かだと思います。

4Kの映像は、肌の細かいところまで見せてくれます。複数のカメラは、見逃したくないところをすべて見せてくれます。しかし、よく見えることと、自分に近く感じることは同じではありません。

少し粗いスマホ動画には、見えない部分があります。綺麗ではない部屋があり、撮影とは関係のない物が置かれ、二人のぎこちない時間が残っている。その不完全さの中へ、見る側が自分の記憶や願望を持ち込めます。

素人っぽさとは、技術がないことではありません。画質が悪いことでもありません。

視聴者を観客席へ座らせず、画面の中で起きていることを「知らない二人のSEX」で終わらせないことです。

素人が売れているというより、自分の人生のすぐ隣で起きているように感じられるSEXが売れているのだと思います。

監修・編集

しろいぬ君

myfansクリエイターの運用、SNS集客、収益化設計を分析するDAKKI編集部の監修担当。

Xではmyfans関連の運用ノウハウや市場分析を発信しています。

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